https://note.com/terrakoya/n/nda74f0f26f80?app_launch=false
現在の学校が、30年前の学校と
比較すればずいぶん
変化してきたことは
間違いありません。
ただ世の中の変化の方が早いため
いつまでも課題は解決できずに
拡大するばかりです。
学校に合わない、学校に行くことで
ストレスや疲労が積み重なっている
わけですが、子どもと向き合うことが
できないのが学校です。
欠席が続くと、学校から
「別室登校はどうですか」
「短時間だけ来られませんか」
と提案されることがあります。
学校側の論理だけで提案される
言葉にうんざりしているご家族と
子どもですが、気づくことができない
のです。
別室登校しても、担任ではなく
空いている先生が対応するケースが
多いです。
見知らぬ先生と、わけもわからず
会話したり、プリントさせられたりする
ことが、子どものためになっていると
言えるでしょうか?
不登校の子どもが学校に来たという
学校側の自己満足を満たすだけのために
子どもが無理をしなければならないことが
どれだけ理不尽なことか、これが先生方
にはわからないのです。
このような無責任な提案に振り回されるのは
子どもだけではありません。
弱っている子どもをご家族も付き添ったり、
車でわざわざ学校まで連れてきたりとかなり
の負担がかかります。
それでも、学校に行ってくれたらという思う
のが親の気持ちなのです。
保護者としては、
学校なりに配慮してもらっていると
いうことはわかるのです。
しかし同時に、
「本当に今、それができるのだろうか」
という違和感が残ることもあります。
でも「連れて来れませんか?」
「もう少し頑張らせることもできませんか?」
など言われれば、なんとかしようと思うのが
親の気持ちです。
ですが、そこで親が頑張ればがんばるほど
子どもが疲れ果ててしまう、そして結果として
親子関係もまた崩れていくことにつながります。
不登校初期の子どもは、
場所や時間だけでなく、
“期待されること”そのものに強い緊張
を感じている場合があります。
たとえ短時間でも、
「行けるかどうか」
「またできなかったらどうなるか」
という不安が重なると、
状態はかえって悪化することがあります。
学校の提案が悪いわけではありません。
ただ、それが
今の子どもの状態に合っているか
は別の問題です。
保護者が戸惑うのは、
学校と家庭で異なる判断基準を
同時に求められるからです。
ここで重要なのは、
「提案を断る=協力しない」
ではないという点です。
今は様子を見る選択も、
十分に意味のある対応です。
違和感を覚えた感覚は、
子どもの状態をよく見ているからこそ
生まれるものでもあります。
学校とのやりとりで迷いが続くとき、
一人で判断を背負わなくても大丈夫です。
今は何をしなくていいかを整理する相談もあります。
ご相談は、
不登校・ひきこもり相談支援センター
(フリースクール地球子屋)へお願いします