熊本」タグアーカイブ

子どもが話してくれなくなったとき、親の頭の中で起きていること

 

「最近、ほとんど話してくれなくなった」
声をかけても、返事は短く、目も合わない。
以前はあった雑談も消え、何を考えているのか分からないまま時間だけが過ぎていく。

心配して声をかければかけるほど、距離が広がる気がして、
かといって何も言わなければ、放っておいているようで落ち着かない。
多くの保護者が、この板挟みの状態で立ち止まります。

まず知っておいてほしいのは、
子どもが話さなくなったこと自体が「意思表示」や「反抗」とは限らないという点です。

話さない、答えない、反応が薄い。
これらはしばしば、
「話せない状態」「言葉にすると自分が崩れてしまいそうな状態」
として現れます。

子どもは、大人ほど自分の状態を整理できません。
不安や緊張、失望や混乱が重なると、
言葉を出すこと自体が負荷になります。
結果として、沈黙が一番安全な選択になることがあります。

このとき、保護者の頭の中では
「何があったのか知りたい」
「原因を突き止めたい」
という思いが強くなります。
それは自然な反応です。

ただ、問いを重ねるほど、
子どもは「答えられない自分」を意識し、
ますます口を閉ざしてしまうこともあります。

ここで大切なのは、
話させることより、話せない状態を否定しないことです。

沈黙は拒絶ではなく、保留かもしれません。
今は言葉にできないだけで、
関係そのものを断ちたいわけではない場合も多くあります。

無理に会話を成立させようとせず、
同じ空間にいる、同じ時間を共有する、
それだけで十分な関わりになる時期もあります。

「話さない=何も進んでいない」
そう感じてしまうと、親の焦りが強まります。
けれど、内側では整理が進んでいることもあります。

もし今、
どう関わればいいか分からなくなっているなら、
一人で抱え続ける必要はありません。

誰かと一緒に状況を言葉にし、
「今はどの段階なのか」を整理することで、
次に何をしなくていいかが見えてくることもあります。

フリースクールや支援の場も、
今すぐ通うための場所ではなく、
考える材料を増やす選択肢の一つです。

ここまで読んで、「うちの子のことかもしれない」と感じた方へ。
行動の背景を一人で考え続けるのは、とても消耗します。
すぐに何かを決める必要はありませんが、
今どの状態にあるのかを一緒に整理することはできます。

ご相談は、
不登校・ひきこもり相談支援センター
(フリースクール地球子屋)へ
お願いします。
http://terakko.org/

子どもに寄り添う大人がいる場所=フリースクール地球子屋です

9/30 日々の生活が学びです。学校生活は、時間を守る、先生の言うことを聞く、他の人に迷惑をかけない、目立つようなことしない、自分の意見よりその場の雰囲気を重視するなどを学んでいます。自分の感情や意見を押し殺して、周りばかりを重視する生活でストレスが溜まるのは当然です。しかし先生もまた同じ環境なので、学校という場ではそれが当たり前だと思っています。
それでは自尊感情は育ちません。責任感も育ちません。それでも景気が良くて、なんとなく就職もできていれば満足だったのかもしれません。高度成長時期に青年だった人たちは、本当に羨ましいです。そしてこのような価値観の残渣だけが残り、子どもは、生活する力を軽んじて勉強さえしておけばよいという風潮がある気がしてなりません。子どもに必要なのは、一緒にいる大人です。大人の背中(行動)を見て、子どもは育ちます。
生活が学びと考えた時、先生も、保護者も多忙になりすぎて子どもと向き合う時間が無くなっています。寄り添う大人が必要なのです。だから子どもの居場所、つまり寄り添う大人が居る場所が必要になったのです。

【フリースクール地球子屋の考える教育(思い)】

【フリースクール地球子屋の考える教育】9/29子どもの学びを支える熊本県民の会主催の講演会から1ヵ月たちました。
公教育というと、どうしても全体的な利益や学校に来ている子どもが多数派で教育政策が優先されるということです。
そして教育そのものも、「学校」という学ぶ場で行うもの(教えてくれる先生がいて、教科書、机、体育館、音楽室など教材教具があるなど)ではないとできないかのような印象をお持ちの方も多いかもしれません。
 フリースクール地球子屋の考え方は、教育は生活そのもの、生きるという営みそのものだと考えています。日々交わされる会話、行動によって価値観が形成されます。毎日、誰かに勉強をやらされるという状況が子どもの勉強嫌いをつくっているのは最たる例です。時々、共育という字で表現されている方もいらっしゃいますが全くその通りだと思います。共に居ることで子どもは育つ。それに加えて「今日、行く」場があること、それが社会とのつながりを作るということですから。それが子どもから大人になる過程でとても必要です。子どもの居場所ってつまりは教育をも担っているけれど、その枠に留まらないから「子どもの居場所」なる表現になってしまうだけ。すべてがそうだとは言いませんが、フリースクール=子どもの居場所=教育の場(でもある)みたいな感覚です。
世の中では、〇〇教育が良い、◇◇スクールがいい、△△塾がいいなど言われてます。でもそのどれもが万能ではないです。子どもからするとどんなに良いと言われる場であっても合わないかもしれない。だから子どもの目線に立って、その子がどう思うか、どう感じるか、それが大切です。
誰とどう過ごすかという時に、安全・安心がなければ、子どもの人権を尊重しているとは言えないのです。この子にどんな環境があるとよいのだろうかと考え、試行錯誤しながら接しています。教育は万能ではありません。その子1人ひとりに合った学びはあるはずです。それ前提として傷ついたり、悲しい思いがないことがとても大切なのです。そこもまた子どもの居場所がケアすべき範囲です。子どもをまるごと受け入れるような、そんな場が子どもには必要なのです。

11月バドミントン活動予定

みなさん、こんにちは!
フリースクール地球子屋では、毎週1回 バドミントン活動で交流しています。身体を動かすことは気分転換になりますし、バドミントンを通して友だちもできます。ぜひ一緒に参加しませんか? 見学だけでも大丈夫ですので、お気軽に連絡してみてください。

11月バドミントン予定
11月9日(木)  午後3時から5時 南部体育館(終了しました)
11月16日(木)  午後3時から5時 南部体育館(終了しました)
11月22日(金)  午後2時から4時 県立体育館
11月30日(木) 午後3時から5時 南部体育館

いずれも現地集合解散が基本となります。交通手段のない子どものために、開始1時間前に熊本市総合体育館・青年会館から車で乗り合わせて行くことも可能です。その場合は、事前に必ず連絡をお願いします。

参加には、活動費200から300円、体育館シューズ、飲み物、タオルなど持参ください。
みなさんからの問い合わせ参加をお待ちしてまーす

ハロウィンの飾り付け

terakoya100714_1
10月31日はハロウィン! そんなわけで、今日の午前中はハロウィンの飾り付けをしました。

terakoya100714_2

terakoya100714_3
ジャック・オー・ランタンにおばけ、恐竜もいます。みんながワイワイ楽しんで作った飾りをよろしければ見に来てくださいね。

(準会員may)

動物愛護センターに行きました

写真

三週に渡って、動物の飼い方や問題点を学習して9月30日を迎えました。

動物愛護センターの丹生さんの丁寧なお話を聞いて、飼えなくなった犬や猫の現状を学びました。

私たちにできることは、責任を持って動物を飼うこと、迷子札を付けること、飼えなくなっても簡単に諦めないことです。

こういった考え方が広まっていくといいですね。

2月1日(金) ともに学ぶ親の会 報告

2週間ほどたってしまいました。2月1日(金)に熊本市総合体育館・青年会館でフリースクール地球子屋主催 「ともに学ぶ親の会」を開催しました。
8名の保護者のみなさまと進行の加藤で9名も集まっていただきました。

要旨
・世界の教育を見てまわり、熊本で子どもたちの居場所をつくりたい
・がんばって学校に行っていたが、先生の熱心な登校のすすめで逆にいきづらくなっている様子。学校からの電話でも過敏に反応するほどにまでなってしまった。登校を促したほうがいいのか、休ませたほうがいいのか親でも迷っているところ
・一番上の子が学校を休むと下の子も「ズルい、〇〇(兄姉)ばっかり」と言い出した。どう応対していいのか難しい
・まずは子どもの視点に立って、学校は行かなくていいよと言ってあげるところからではないか
・子どもを見ていると自分ができないことにイライラしている感じ。ちゃんとしなさい、早くしなさいなど注意するとキレて怒り出す。
・時間を周りがきちんと守ったり、予定表などをつくって見える形にしておくなど子どもが安心できる工夫がいくつかある
・勉強が遅れていくのが心配
・勉強は、本人がしたいと思えばいつでも取り戻せるもの。無理やりさせても身につかないのでは
※話が前後していたり、ニュアンスを若干かえていたりしています。

親の会を終えて考えたこと
〇学校とは、どんなところなのでしょうか?

〇親として、どうしていいかわからなくなっています。