ともに育つ親の会 10月

子育てに正解はない。しかし明らかに子どもが弱っていっているのであれば何か子育てに失敗した部分があるのかもしれない。

子どもを育てるということについて、不安や迷いがない親はいないと思います。
迷いはありながらも、どの親後さんも子育ての目的は、かなり一致しています。おっしゃる言葉も同じです。

つまり「子どもが自立し自分で生活していけるようになることだ」とみなさんおっしゃいます。
この言葉には、もう少し意味が含まれているように感じます。

つまり「自立」とは、親の支援を受けないということ、「生活」というのは経済的な基盤をもつということです。
親がいつまでも面倒をみることはできないという点に異論はありません。多くの親は子どもより先に死ぬ確率は高いのです。だから親の支援を受けずにいられることは大切です。
では親の支援を受けなければそれで自立したと言えるのか? という点です。保護者の考える自立は、「親は何もしない」ということとほぼイコールだと考えられていないでしょうか?ひきこもりの若者への対応に苦慮されているご家庭でよく言われるのが、ひきこもりを続けるなら「家を出て一人暮らしをしろ」です。つまり「親は何もしない」と宣言しています。
その結果は、悲惨なものになります。一人で生きていく力がない子どもが仮に親の力で一人暮らしを始めたところで、親に泣きつかれるのは目に見えています。
親が完全に無視すれば、お金や物を盗む、売春するなど反社会的な行動に走るかもしれません。
「自立」とはどういうことか、この点を真剣に保護者が考えていく必要がありそうです。

「生活」の経済的な基盤もまた同じです。保護者の考える「自分で生活」は「会社へ正社員として就職」ということとほぼイコールだと考えられていないでしょうか?
だから、実家に居ついて、いつまでも食事など家事をお母さんにしてもらっても許されるのです。
男性の家事・育児に費やす時間は、日本国内の平均で十数分! これでは何もしていないのと同じです。特に熊本県は全国でもワースト1位で最も男性が家事・育児をしない県です。

つまり親が過保護に育てているのです。男性の話をしましたが、子ども期においては男子も女子もそう変わりません。親は「勉強さえしていればいい」というスタンスでいるから、何もできない子どもが次々と生まれています。生活する上で人にしてもらわなければ何もできない人は、残念ながら生活を楽しむという感覚は得られません。
自分では何もしなくてもいい、テレビ、ネット、ゲーム(操作はしていますが)、マンガに費やすことが「楽しい」、あるいは買い物で浪費することが「楽しい」と思い込んでしまい、自分から何かやってみよう、作ってみよう、挑戦してみようという勇気や意志を持つことができなくなってしまいます。
最終的には「今のままが続けばそれでいい」という気持ちになっていき、ひきこもりへとつながっていくのです。

今や家事ですらお金を出せば、サービスとしてしてくれる時代です。食事は外食か惣菜か冷凍もので事足ります。掃除はハウスクリーニング、洗濯はクリーニングに出せばいいのです。そうやって生活するということから逃れ続けるためにお金が必要という考え方になります。お金があれば何でもできる、お金が全てという価値観です。お金は社会的な信用を基盤としているということを理解できないまま、お金にとりつかれ、最終的には親に無心していくことになります。

親は、自分が辿った人生しか生きる道は分からないのです。学校を卒業し、就職し、生活する。それが自立なのだと思い込むあまり、子どもにもそれを押し付けてしまうのです。
こういった考え方をしていても、親子の関係は良くはなりません。
そこには親の考え、価値観しかないからです。たとえ親子であっても人間対人間の関係です。支配されたり、価値観を押し付けらっれるような関係は長くは続かないのです。