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-2月 ともに学ぶ親の会 報告

2月1日(金)に熊本市総合体育館・青年会館でフリースクール地球子屋主催 「ともに学ぶ親の会」を開催しました。
8名の保護者のみなさまと進行の加藤で9名も集まっていただきました。

要旨
・世界の教育を見てまわり、熊本で子どもたちの居場所をつくりたい
・がんばって学校に行っていたが、先生の熱心な登校のすすめで逆にいきづらくなっている様子。学校からの電話でも過敏に反応するほどにまでなってしまった。登校を促したほうがいいのか、休ませたほうがいいのか親でも迷っているところ
・一番上の子が学校を休むと下の子も「ズルい、〇〇(兄姉)ばっかり」と言い出した。どう応対していいのか難しい
・まずは子どもの視点に立って、学校は行かなくていいよと言ってあげるところからではないか
・子どもを見ていると自分ができないことにイライラしている感じ。ちゃんとしなさい、早くしなさいなど注意するとキレて怒り出す。
・時間を周りがきちんと守ったり、予定表などをつくって見える形にしておくなど子どもが安心できる工夫がいくつかある
・勉強が遅れていくのが心配
・勉強は、本人がしたいと思えばいつでも取り戻せるもの。無理やりさせても身につかないのでは
※話が前後していたり、ニュアンスを若干かえていたりしています。

親の会を終えて考えたこと
〇学校とは、どんなところなのでしょうか?
 子どもは、学校に行って大人になるためにいろんなことを学んで、成長するところだと思っている人は多いことでしょう。
 実際に、熱心な先生からたくさんの知識やスキルを教えてもらうことができて感謝している人もいるでしょうし、先生の記憶はあまりないけれど友だちとの楽しい時間が学校生活のすべてであった、あるいは熱心に何か活動に取り組んだことの思い出がある人もいるでしょう。
 その一方で、全国で10万人を超える不登校の子どもたちがいます。およそ1学年に100万人以上はいますから小学1年生から高校3年生までざっと1200万人以上の子どもたちがいると考えると、10万人とは全体の0.8%、1%に満たないということです。逆の言い方をすれば、99%の子どもは学校に通っているわけです。
 だからといって学校に通えない子どもたちを放っておいていいのでしょうか?いじめの問題、体罰の問題と学校は今や安心して学べる環境になっていないのではないでしょうか?それでも1%の子どもたちに入った方が「学校に通えない」ということを理由に「ダメな子ども」「学校に行かなくて悪い子ども」「問題のある子ども」というレッテルを貼って学校という社会から排除しようとする圧力があるのではないでしょうか?
 もちろん学校の先生たちは一生懸命子どもたちの事を思って毎日奮闘されていることはわかります。しかし学校に行っても自分の出番はなく、大切にもされず、心を通わす友人もいない環境にあったら、学校に行きたくなるでしょうか?ただただ用意されたことをやらされるだけだと感じるようになったら、それは苦痛にしか感じないのではないでしょうか?
 学校は、子どもたちを集めて、決まった教科を教える場所ではないはずです。それでは塾と同じです。学校は、子どもたちのコミュニティであって子どもたち一人一人が誇りをもって生きていけるような場所であると信じています。そしてそのコミュニティが合わないのであれば、そこから離れて自分に合うコミュニティの中で自分を成長させるような選択の自由はあっていいはずです。
 学校は、何を子どもたちに伝えているのでしょうか?それは本当に、その目の前の一人の子どものことを思って伝えているのでしょうか?もしそれができないということであれば様々な支援を学校は受け入れるべきでしょう。学校でできること、できないことがあるということをもっと学校側が素直に言うことが重要です。

〇親として、どうしていいかわからなくなっています。
 子どもたちは、今、ここに生きているのです。機械の工場で製品をつくっているのとはわけが違うのです。自然を見てください。同じようなサクラを咲かせる木であっても1本1本全く違うじゃないですか。ここの水や土が合わないこともあるかもしれない、枯れそうになるかもしれません。でもちゃんと別の場所では本来のサクラを咲かせる力はあるのです。
 親も人間です。どうしていいのかわからなくなることだってあると思います。そう、カナダでは有名になりましたが、「完璧な親などいない」のです。親の考え、価値観があること、もつことはとても大切です。それを子どもに伝えることはごくごく自然なことです。しかし「学校に行くことは当たり前で当然のこと」という価値観は、どうでしょうか?そこに「その子どもにとって」という子ども本人のことは入っているのでしょうか?
 学校の立場として、「学校に来ることは当然で当たり前」であることは、理解できます。学校として「来ても来なくてもいいですよ」と言い出すと、その存在意義そのものが崩れるからです。しかしそれは子どもにとっての立場で考えたときに必ずしも適切な対応ではないことがあります。子どもは学校に行きたい気持ちは誰よりも持っていたとしても、学校に行けない自分を責め続けています。一番、辛くて苦しいのは子ども本人です。そんな子どもの環境を変えられるのは誰でしょうか?大人でしかないはずです。だから、家族であるお父さん、お母さんは子どもの立場や気持ちを理解するようにしてあげないといけないのでしょうね。
 ある人はこう言ってくれました。
「人は、何が一番つらいのか。嫌われることじゃないんだ。嫌うということは、自分の言ったことを理解した上でそれが好きか嫌いかという話でしょう。一番つらいのは、自分の言ったことを理解すらしてくれないことなんだ。それは辛くて、悲しい。」
 理解すること、それはまず相手のすることや言うことを受け止めることから始まります。そこに良いとか悪いとか過去がこうだったからとか未来が心配だからとか、そのような判断なしで、しっかりと認めること、学校に行けない、行きたくないということを正面から受け止める事が大切なのだと思います。

毎月第一金曜日19時~21時、熊本市総合体育館・青年会館(砂取小学校前)で行う予定です。(参加費:無料)

2013年 3月 1日(金) 19~21時(途中からの参加もOK)

 ☆問合せ 096-363-7633(フリースクール地球子屋事務局まで)

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