ともに育つ親の会 12月

自助グループとしての「ともに育つ親の会」

12月もたくさんの保護者のみなさんがお集まりいただきましたことに感謝申し上げます。
文部科学省は学校に行かない子どものことを「不登校」問題と言いますが、私たちは「学校に行けない・行かないことを選択した子どもたち」と呼んでいます。

長年にわたり、不登校は「問題行動」と文部科学省も学校も認識してきましたが、やっと最近になって不登校(そしてイジメも)は誰にでも起こりうることであって、それを問題とするのではなく「多様な学び方を保障しなければならない」と考え方を改め、法律ができました。

しかし学校現場では、すぐにそのように認識が改まるわけではなく、今でも不登校は問題行動として扱われ、子どもたちが苦しむ一因になっています。

そして、保護者のみなさんも不登校は問題行動という学校の考え方にそって、無理やりに学校に行かせようとするのです。そのような考え方になるのも、長年の経験があってこと、致し方ない部分もあることは重々承知しています。
しかし学校内で行き場がないと感じている子どもに、無理やり学校に行かせて何が良いことがあるでしょうか。したくないことを無理やりさせられるのは、苦痛でストレス以外の何物でもありません。

「不登校は子どものワガママだから、大人が無理やり躾ないといけない」
こんな風におっしゃる方もいます。

本当に、その子どもはワガママなだけなのでしょうか?

熱が38度もあれば、学校より病院へ連れていくことを優先するでしょう。病気ではないからワガママだと決めつけていませんか?
それは本当は、子どもに向き合っていないのです。子どもの気持ちを理解していないのです。
だから親子なのに口もきかない関係へとなっていきます。そのような原因は「ワガママと決めつけた」大人の方にあるのです。

私たちの生活は豊かになり、便利なものに囲まれ、常に情報に溢れる中で生活するようになりました。
ところが、その豊かになった分だけ、人と人とが本当に向き合う関係、信頼や愛情を感じ取れる関係は失われています。物や情報を扱うのでいっぱいいっぱいで大切な子どもとの対話ができていないのです。

豊かなのに、愛情が不足している。現代の子どもたちはそんな風に見えます。

不登校は問題行動ではありません。その子どもが学校に通うことで学び成長できたであろう喜びも友だちと友情を育むかけがえのない時間も全てを失ってでも「行けない・行かない」ことを選択せざるを得なかったという重い重い決断をしたのです。
その気持ちをどれだけの大人が理解できるでしょうか。
学校に行くのは当たり前といって程度の認識では、とてもその気持ちに応えることはできないのではないでしょうか。

フリースクール地球子屋を何年やっていても、いまだに子どもたちのことを理解できていません。それだけ人が人を理解することの難しさをいつも感じています。