ともに育つ親の会 5月

○子どもとの「つながり」をどうつくるか
 だいぶ前ですが、葉っぱを売るおばあちゃんの仕掛け人、横石さんの話を聞きました。最初は大変苦労が多かったというお話とともに忘れられないのが、「あんたが、いなかったら私はこの仕事をやめる」とおばあちゃんたちに言われて泣いたと仕掛け人の横石さんはおっしゃっていました。

 絶対に私の見方になってくれる、と言える人が周りにいるでしょうか?どうしたらそんな風に言える関係をつくることができるのでしょうか?
子どもの時期、特に10歳から20歳くらいまでの子どもたちには、他者を尊敬する、信頼する、協力するといった経験がとても必要なものだとつくづく感じています。それは日々の生活の中で培われるものであると考えています。
 しかしながらインターネットが90年代に登場し、2008年にスマートフォンによって手の中にインターネットが進出すると他者とのつながりをうまくつくることは、私たちの生活上でかなり難しいことの1つになってしまいました。

そして社会状況も変化し、子どもの貧困が今や当たり前となってきています。
子どもにとって住む家があり、毎日ご飯があること、つくってくれる人がいることは大部分では当然の環境かもしれませんが、そうではない家庭も増えました。
しかしそれでもスマホ1つで音楽、映画、ゲームに世の中の情報やおしゃべりまでできて、なんとなく人とつながっていることを感じられもしますが、本当に人とつながっているわけではないので空虚感は心の中でどんどんと大きくなっているのでしょう。

お父さんやお母さんは、仕事にある程度の時間とエネルギーをとられてしまいます。家に帰って心配や不安を抱えたいわけではなくて、安らぎたいのだと思います。お父さん、お母さんも仕事に家事に育児にと疲れています。
また、子どももいろいろな習い事や塾に忙しく、家族と話をする時間もエネルギーも残っていないのかもしれません。

そんな状況で、子どもが学校に行かなくなったとしたら、親として「学校に行ってない?!じゃあ日中に何してるんだ?」みたいな感じのいい方になってしまうのではないでしょうか。でもその一言が弱った自分には突き刺さる、心がさらに痛めつけられたような気がしてしまうようです。

数日も学校を休めば、「どこか病気じゃないのか」、「いじめられたのではないか」、「育て方がどこか悪いところがあったのかしら」と考えが次々と浮かんでは消えていくことでしょう。
家族の関係がギクシャクもしてくるでしょう。特にお母さんは、子どもと学校や他の家族との板挟みになってお母さん自身が心が折れそうな感じになってしまうことでしょう。

子どもは、そんな状況ですから家庭の中で何もしていなくてもすごくハラハラしてしまうのです。
「学校に行きなさい」とか「勉強に遅れる」とか「高校に行けない」とか心配しているのでしょうが、そういう言葉は心配しているとは子どもには伝わらないのです。逆に「うんざりする。」「ちっともわかってくれない」という気持ちになってしまいます。

兄弟姉妹がいたら子ども同士でもギクシャクしてしまいがちです。弟妹からは、ときどき「学校にいかなくてズルい」という視線が飛んできます。兄姉たちはしっかり学校へ行って卒業しているから、「学校に行けないオマエが悪い」なんて決めつけてしまいます。それでは相談もできません。
おじいちゃん、おばあちゃんはさらに学校に行くのは当たり前だった世代なので、「学校に行かないなんで甘えだ」などと決めつけた考え方をしてしまいます。

学校に行けない自分というものを、自分自身がとても考えてしまいます。子ども自身が「学校には行かなければならないもの。でも苦しくて行けない」と思っているのですから自己矛盾の中でどうしようもなくて動けなくなってしまっているのです。

誰かのために役立っているのかな?
毎日、起きる、食べる、トイレに行く、お風呂に入る、テレビやスマホで時間が過ぎていく、眠くなって目が冴えてずっと夜は起きて眠くなったら寝る、そんな毎日を繰り返していると生きていていいのか、なんてふと頭によぎることもあるのです。
 俺って、私ってダメな人間なんだなぁ、ってふと思ったりしてしまいます。
そんなこと思いたくなけれど毎日の現実が、そんな風に語りかけてくる感じ、なのです。

思い出してみてください。子どもさんが3歳、4歳、5歳ころを。
手を手でにぎること、立つ、座る、寝転ぶ、投げる、飛ぶなんて動作ができたら、「いただきます。ごちそうさま」がきちんと言えたら喜こんでいませんでしたか。

今、できることを一つひとつ確認していきましょう。当たり前は当たり前じゃないんです。どの動作も言葉も苦労して身に付けてきたことなのですから。だから、できたら「できた」と言って、その時の感情も一緒に味わいましょう。よけいなことは考えず、嬉しかったら笑ってみましょう。できたことを喜んでみましょう。

そんな風にできることを点検してみましょう。こんな当たり前だと思っていることでも1つ1つできなかった時期からできるようになったんです。それはあなたの才能、力なのです。

 自分にできることを点検してみるってことの大切さを書きました。

 他の人とつながりたいと思っても、すぐにつながることはできません。つながりって時間がかかるものなのです。
そして何より自分自身とまずはつながりを持ってみましょう。自分を取り戻す、そこから他者との関係も取り戻すきっかけにつながるのです。

3日間一緒にいると、「顔見知り(顔と名前は知っている人)」になったと思う。
3週間一緒にいると、「知り合い(お互い顔と名前はわかって、あいさつくらいできる人)」になったと思う。
3か月間一緒にいると、「友人、友だち」くらい言える関係になっているかもしれない。
1年間一緒にいると、「あの人のことはよく知っているよ」と言える関係になっているかもしれない。
3年間一緒にいると、「親友、仲間」と言える関係になっているかもしれない。

 「知り合い」から「友だち」になるかどうかは、あなたが相手を受け入れて、また相手があなたを受け入れてくれるかどうかです。
受け入れる、とは「顔」と「名前」を憶えてくれたかどうかでしょう。そして一緒に何かをすることがとても大事なことです。
やりたいことを各々が言っていたら、一人でいる方がましだとなってしまいます。

だから最初はこの人と「一緒にやってみたい」と思うことが大事。
誘う時に相手に無理やり自分のやりたいことを押し付けてはいけません。「やってみない?」「あなたと一緒にやってみたい」って誘ってみることはとても大切なことなのです。
 そうやってつながりという関係はつくっていくと上手くいくでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。