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コラム-居場所への公的支援は?(2008年3月)

 来年度のフリースクールやフリースペースなど学校外の居場所への公的支援事業は、文科省ほか4都道府県で実施される計画が上がっています。文科省は、それぞれの団体の「実績評価のひとつに『学校復帰』が含まれるが、事業目標に不登校の子の自立のために多様な支援を探ること」とし、05年から一貫して“学校復帰のみ”にこだわらない姿勢を示しています。

 さらに「不登校問題に関する調査研究協力者会議」の報告をもとに、各自治体へ「民間施設との積極的な連携」などを通達しているそうですが、県内ではそのような動きを少しも感じません。フリースクールの存在を含め実態把握ができていないのですから、無理も無いと思うのですが、これから連携の形ができていくのであれば、“学校復帰”を基準にしてフリースクール等の線引きが行われないよう願っています。学校復帰は自立という大きな目標のための一つの選択肢であり、文科省の言う多様な支援という視点に立ち返ってほしいと思っています。

 このほど熊本県が定めた「子どもかがやき条例」は条例としては踏み込み不足とも評されていますが、学校外の居場所に公的支援への道筋を付けるテコになりえるのでしょうか。この際、使えるものは使い拡大解釈でも何でもして、ぜひとも公的支援に結び付けたいものです。

 このところ「不登校」そのものに対する風当たりは穏やかになったように感じています。地球子屋に持ち込まれる相談も全体数が少なくなっており、内容も地域の目や学校対応に苦慮しているといった親の悩みは減少傾向にあると言えるようです。しかしこれは親や大人側の悩みが少なくなっているということで、一人ひとりの子どもの悩みが無くなっているわけではありません。いじめや体罰報道が多くなってからこちら、子どもが学校へ行かないことに対する地域の受け止め方も受容的になり学校からの登校刺激も緩やかになって、周囲の感触的には不登校の子どもが過ごしやすく生きやすくなったとも言えるのかもしれません。

 しかし、当人たちからするとどうなのでしょう。子どもの権利からその生活を考えたとき、本当に充実した毎日を送っている子どもは少ないのではないでしょうか。生き生きとした子ども時代を保障するために、大人や大人社会ができることがまだまだあるはずです。学校と距離をとる子どもたちを支援する場所が、人が、絶対的に足りていません。具体的な保障をしてから「行かなくてもいいよ。」というのが大人の態度というものではないでしょうか。そして居場所を息長く続けていく為には公的支援は不可欠だと思うのです。

(西 与里子)

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