コラム-「フリースクールで大丈夫!」

「フリースクールで大丈夫!」~あなたに知ってほしいフリースクールのこと、地球子屋のこと~

この、コラムは、2006年9月23日に行われた講演会の要旨です。

講 師 須永祐慈氏
(講師紹介:1979年東京生まれ。小4で学校に行かなくなり、約2年半ひきこもり。東京シューレに18歳まで通う。99年「シューレ大学」で不登校などの研究を行う。現在は「東京シューレ出版」編集室。)

場 所 熊本県民交流会館パレア

【講演要旨】

 まず自己紹介をしたいと思います。私は、フリースクール「東京シューレ」を卒業(?)しました。よって世間的には、「中卒」ということになります。小学校4年生の時から2年半ひきこもりまして6年生からフリースクールに通うようになりました。それから7年半通うことになりましたが、比較的長く在籍しましたね。

 学校に行かなくなったことが、自分自身にとっては、とてもよい経験になったと思います。「学校にいかなきゃ」っていう価値観に縛られていたことに気づいたからです。その辺からお話をしたいと思います。

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 小学校4年生の時です。僕はいじめに合ったんですね。よくクラスに1人くらいいるじゃないですか、後ろから「ツンツン」と鉛筆やらモノサシのようなものでツツク人が。僕もツツイた本人も最初は遊びか冗談のつもりだと思っていました。

 そうされることが嫌だった僕は、それに対処しようとするわけです。「止めてよ」と何度も言いました。しかし段々とエスカレートしていったんですね。朝から下駄箱を開けると上履きがなくなっている、「おはよー」と声をかけても返事が返ってこない、体操服や教科書がなくなる、履いてきた靴がトイレや運動場の隅っこに隠されるなどなど色々なことが起こりました。そうならないように、「止めてよ」と何度も言いましたし、ものがなくならないようにいつも緊張した状態にいなければなりませんでした。先生にも現状を訴えたのですが「おまえの性格が悪い」と言われたのにショックを受けたりもしました。

 毎日、「何をされるかわからない」という緊張状態が続いていたために、すっかりエネルギーを使い果たしてしまい、帰宅をすれば倒れ込むように寝ることしかできなかったことを覚えています。そしてとうとう、ある日母親に「学校に行きたくない」と言いました。その日は休みましたが、母親は学校になんとしても行かせようとしました。私自身、学校には「いかなければならないもの」だと思っていたので母親の勧めがあればがんばって「行く」と言い、保健室に行っていました。学校の先生は、急に態度を変え優しくなりましたが、保健室登校していると「そろそろ教室に戻りなさい」みたいなものが言葉や態度で伝わりました。だから学校の先生は信用できないなと思いました。

 親と学校の担任、生活指導の先生、校長など僕自身をぬきにして周りの大人が「不登校」の状態をなんとかしようと自分たちの混乱に対処している感じでした。僕自身は、「苦しい」ということを伝えたかったのですが・・・。

 1週間、保健室登校しましたがその後、学校に完全に行かなくなりました。最初はパジャマでずっと寝ていました。親には「今はエネルギーがない」と言っていましたが、理解はされませんでした。毎日、テレビをみて、ネコとじゃれて、トイレ、食事、寝るの繰り返しで母親もストレスがたまっていたのだと思います。ちょっとしたことで母親とはすぐに言い合いになっていました。母親のストレスは、父親にも伝わり、両親とも不安に陥っていましたので、よく親子ケンカになりました。こんな状態ですから本来安らげるはずの自分の家が、不安だらけで居場所とは思えませんでした。体だけは家にありましたが。

 変化が起きたのは、親自身が本を読んだり、親の会に参加するようになって親自身が学んでくれたからです。学校に行かない方が大切、生きる方が大事だと言われ、気づくことがあったのでしょう。親の会から帰ってきて、真っ先にテレビを見ている僕に「今までゴメンよ」と謝ってくれました。もちろん僕自身、唐突でしたのでかなりビックリしました。それから少しだけ安らげるようになりました。そうなると毎日の生活がつまらなくなってきました。そんなある日、ふと家にあった本を読んでみました。僕と同じ体験をした人たちの本で、こんなに自分と似たような人たちがいるんだなあと思い、また「学校にいかなくていい」ということに初めて気づきました。やはり知らず知らずの内に学校には行かなければ「ならない」ものだと思いこんでいたのでしょうね。

 やがてその本を書いた「東京シューレ」というフリースクールに行きたいと思うようになり、通うことにしました。とはいっても2年半ぶりに通うことになったわけで、最初半年くらいは何もせずおとなしい少年であったと思います。それでも僕自身は楽しかったです。「自分であっていい場所」「居場所」なんだということが実感できるようになって、いろいろと東京シューレの活動に参加するようになりました。東京シューレは子どもが本当に主体的に活動している場所です。

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 それとは逆に親の欲求は限りがないと思います。勉強ができてほしい、スポーツもできてほしい、成績は上位の方がいい、進学校を受験して合格してほしい、そこでも勉強と部活を両立してほしい、大学も合格してほしい、安定した大きな会社に就職してほしい、いい人と巡り会って結婚してほしい、家も建ててほしい、孫も産んでほしい、自分たちの面倒も見てほしい・・・一生、子どもに対してしてほしいことがあるようです。

 でも子ども自身と本当に向き合ってはいません。家にひきこもっていた2年半は死んでいるような感覚でした。それが東京シューレに行くようになって、ようやく自分の気持ちを整理することができました。

 かつては、学校に行かない=悪(悪いこと)として捉えられていました。今は、学校に「行かなくていい」と口ではいうようになりましたが、「ただし」と条件がつくようになりました。「ただし、社会には出なさいよ」とか「ただし、自分で働きなさいよ!」ということです。自分の存在を認めてほしいと思っている時に、このように言われたのでは極々一部しか認めていないのと同じで、ちっとも嬉しくないわけです。もっと子どもの声を聞いてほしいと思います。そして親も気づいてほしいです。

 子どもが主人公であるフリースクールで考え、結果として社会で出ることになるとも思いますが、それはあくまで結果だということです。これは東京だからという特殊な状況ではなく、地方でも同じだと思います。子どもが苦しんでいる状況は、これまで以上に悪化していると思います。子ども自身の苦しさに親も学校の先生も社会も気づいてほしいと願っています。

 今日は、ご静聴いただきましてありがとうございました。

□質疑応答

 Q子どもがパソコンにばかり夢中になっていて不安を感じています。どう対処すればいいでしょうか?

 A ゲームやインターネット、昔は、マンガとテレビでしたが子ども自身は、その行為が良くないこと、悪いことだと十分知っています。遊んでいるようで実は、その時間、自分自身向き合ったり、考えたり、葛藤をしていたりしています。この状態を抜け出すために考えているんです。インターネットでは誹謗中傷なども横行しています。学校よりも傷つくこともあります。もしそんなことが見受けられたら、傷ついたことを認めてあげることが大事です。パソコンをする、ゲームをすること自体がその子どもにとって必要だからやっているんだと思うと子どもも親も少し楽になると思います。

 Q大学生で、現在就職活動をしていますが、自分自身に自信がなくこのまま就職していいかと不安になります。

 A 就職した後ちゃんとやっていけるかどうか不安というのではなく、現在の自分を見て「就職などしてもいいのだろうか?」と不安になっているということですね。よくわかります。私もずいぶん悩みましたし、そのように考える人はあなただけじゃなく、他にもたくさんいますよとまずは言いたいですね。それと自分史を書いてみるといいかも知れません。あの時こんな風に考えていたなとかこんなことに不安を感じていたなとか思い出してみると、今まで気づかなかった自分に気づきます。そこから始めてみたらいかがでしょうか。自分の気持ちを整理してみることで、自分が何がしたいのかということも見えてくると思いますよ。

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 今回のイベントは、フリースクールで育った子どもたちが、何を思い、またその後どうなっていくのかについてみなさんにご紹介する目的で行いました。

 フリースクール地球子屋では、子ども達の居場所、学びの場として10年間活動を市民

活動として実践してきました。ここで50名以上の子どもたちが巣立ち、学生・社会人として活躍しています。

 子ども達のニーズに合った学び・成長の場が選択できる社会が豊かな社会である私たちは考え、活動しています。

(講演後は、フリースクールや地球子屋の取り組みを代表の西が紹介しました。)

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