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鬼門となる学校の話題。子どもも親も楽になるほんの少しのコツ

不登校が始まる前あたりから、家庭の中から学校の話題が少しずつ消えていくことがあります。以前は「今日〇〇ができた」「〇〇なことがあった」など自然に出ていた言葉がなくなり、保護者が聞いても時間割の話も、友だちの話も、先生の話も話さなくなる。

家族としては、この沈黙を見て、状況が分からないことにイライラした気持ちが募ったり、「触れないほうがいいのか」と気をもんだり、「でもまったく話題にしないのも不自然ではないか」とモヤモヤしたりと迷いやすくなります。

 けれども、学校の話題が消えるのは、関心がなくなったからとは限りません。話題にすること自体がしんどい、うまく答えられない、家の空気が重くなる、そうした理由で避けられていることがあります。

このとき大切なのは、「学校の話をするか、しないか」を感覚任せにしないことです。家庭の中で、学校の話題をどう扱うかの“ルール”や“置き場所”を作ることで、沈黙の重さを少し減らせることがあります。

保護者の戸惑い

 保護者が困るのは、「話さないこと」が優しさなのか、「話せなくなっていること」が問題なのか判断しにくいことです。
学校の話題を出せば空気が重くなる。出さなければ、何も進んでいない感じがする。
この板挟みは、見た目以上に疲れてしまうものです。

 また、学校からの情報が家庭の中で宙に浮きやすくなります。提出物、配布物、行事確認、面談の話、学習のこと。どれも気にかかることばかりなのに、どう切り出せばよいか分かりません。
すると、保護者(特にお母さん)一人の中に情報がたまっていきます。、子どもと学校のあいだの“橋渡し役”として疲れ切ってしまうことがあります。

 具体的な場面を紹介します。
欠席が続き始めた家庭で、保護者が子どもに気を遣って学校の話を控えるようになることがあります。最初は「今は聞かないほうがいいかな」という配慮です。

 けれども日がたつにつれ、学校のプリントも目につかない場所へ置かれ、連絡帳も話題にのぼらず、家庭の会話から学校が丸ごと抜け落ちていきます。
子どもも、自分からは何も言いません。保護者は「これでいいのか」と思いながらも、せっかく落ち着いている空気を壊したくなくて、そのままにします。

 学校では、担任が「最近の様子はいかがですか」と連絡をくれるかもしれません。保護者はその電話には対応しますが、受話器を置くとまた家庭内では学校の話をすることがどうしてもできませn。学校とのやり取りは大人の中だけで処理され、子どもには伝えるタイミングがつかめなくなります。

 思い切って、保護者が学校の話を出してみます。
そのたびに子どもの表情が固くなるため、会話などできる雰囲気ではありません。
「プリントあるよ」
「先生から連絡あったよ」
と言うだけで、子どもがうつむいたり部屋へ戻ったりしてしまいます。
そうすると保護者は、話題にした自分が悪かったような気持ちになり、次第に何も言えなくなります。

 一方で、子どもが学校のことを完全に忘れているようには見えません。
時計や曜日には敏感で、行事の時期になると少し落ち着かない様子も見せます。
保護者は、ますますどう接してよいか分からなくなります。

 学校の側は、学校へ登校する機会をつくろうと行事や参加しやすい提案をしてくれます。決して家庭を追い込もうとしているわけではなく、情報共有や支援のために連絡しています。
しかし家庭の中では、その情報をどう扱うかが定まっていないと、子どもに伝えることも、伝えないことも苦しくなります。

子どもはどうなりたいか

 子どもは、学校の話題を出されないことで楽になっている面もあれば、逆に気を使われている、ばつが悪いなどいろいろな気持ちが揺れうごいている感覚をもつこともあります。
話題になると苦しい。けれども、何も触れられないと、自分だけ取り残されているような、そんな感覚を覚えることもあります。

 また、子どもは「学校の話をしたくない」のではなく、「突然、重い形で学校の話が始まるのがつらい」「何かを決めるような話になっていくとそれによって日常を固定されていく」と感じていることがあります。
いきなり登校の話、将来の話、理由の説明になると苦しい。けれども、必要な連絡や事実の共有まで全部なくなると、それもまた不安になる。
本人は、学校の話題がゼロの家庭を望んでいるのではなく、“扱いやすい形”で置いておいてほしいのかもしれません。

どうしたら子どもが扱いやすい形になるか

 このテーマでの転換は、「学校の話は避けるか触れるか」という二者択一から、「学校の話題の扱い方を家庭内で決めておくこと」へ転換することです。
感情任せに出したり引っ込めたりすると、保護者も子どもも構えやすくなります。扱い方を少し整えるだけで、話題そのものの重さは変わります。

具体的には、学校関連の情報を三つに分けて扱うというのはいかがでしょうか。
1.すぐ共有が必要なこと。
2.保護者だけで把握しておくこと。
3.今は伝えなくてよいこと。
これを大人の側で整理するだけでも、子どもに毎回すべてを背負わせずに済みます。

 次に、学校の話をする“時間”や“言い方”を検討しておきます。
ご家族が集まる食事中に、みんなの前で話すことはせっかくの家族団らんに緊張を持ち込むことになります。それはご家族にとっても本人にとっても望んでいないことではないでしょうか。
また朝起きてすぐや寝る前にについても、子どもさんにとって頭が回っていないことが多いため話をするには適していないかもしれません。
こういったことは一人ひとり状態が異なるということが大前提ですので、ぜひ子どもさんの生活やご家庭の都合などを考えて決めていく方がよいでしょう。
急に思いついたように切り出さず、お昼を食べる前に少し学校のことを話してもいい?、週末の午前中に今後のことについて話をしたい、などと日時をあらかじめ伝えておくことで心構えができます。

 その際に「学校の話をするけれど、あなたの気持ちや意見をしっかり聞きたい。あなたの味方になりたい」と一言添えておくことでずいぶん受け取り方も違うと思います。
話し方については、長く話さず、事実を短く言います。情報を箇条書きなどして目に見える形にしておくのもよいかもしれません。耳だけでなく目で読むことで頭に入りやすくなる場合があります。
そして答えをその場で求めなくても大丈夫です。そして意見はいつまでに欲しいと伝えておきます。
疲れ切っている場合は、たくさんの情報を処理できないものですので、細かいことに見えるかもしれませんが、このようなちょっとしたことかもしれませんが子どもからすると落ち着くことにつながります。
こうした決め方は、子どもにとって予測可能性になります。

 さらに、学校の話題と生活の話題を切り分けることも大切です。
家の会話がすべて学校に吸い寄せられると、子どもはリビングにいるだけで疲れます。
学校以外の話題、食事、天気、動画、ペット、買い物、家の小さな出来事など、生活の会話を意識して残していくことで、「家庭=学校の相談室」になることを防げます。

学校へも、
「家庭では学校の話題を急に出すと負担が強くなる様子があります。必要な情報は家庭で整理しながら伝えていきたいです」
と共有しておく学校も今の状況を理解してくれるでしょう。

まとめ

 家庭内で学校の話題が消えていくとき、保護者は不安になりやすいものです。けれども、その沈黙は無関心ではなく、今はまだ扱い方が難しい状態の表れかもしれません。
だからこそ、話すか話さないかの二択ではなく、学校の話題を家庭の中でどう置くかを整えることが大切です。

 すべてを聞かないわけでも、すべてを共有するわけでもない。
時間、量、言い方を整えて、学校の話題に“置き場所”を作る。
それによって、家庭の空気を守りながら、必要なつながりも切らずにすむようになります。

 対応方法には順番や段階がありますので、下から1段ずつあがっていきましょう。
大切なのは、今の状態を把握することです。今の状態が分かれば、どう対応するか見えてきます。

体調が崩れる時間に、この対応を。

朝は普通に起きていたのに、登校時間が近づくと急にお腹が痛くなる、頭が重いと言い出す、吐き気がする、動けなくなる。

 身体の不調が毎朝続くと、保護者としては心配や不安になります。
「病院に行かせる必要はあるのか」
「学校のことを考えることと関係があるのか」
「親の躾けとして頑張らせてよいのか」
と迷いやすくなります。

 このような朝の不調は、単純に気持ちの問題とも、単純に身体だけの問題とも言い切れないことがあります。心身の緊張が強くなる時間帯に、体が先に反応している場合もあるからです。

 進級や進学で学校生活は、これまでとはまた1から関係づくりをしていかなければならなくなります。
緊張が続く中、頑張りつづけたり過剰に周りに合わせようとすることでストレスが溜まり疲労が蓄積していきます。家で寝ても心身の回復が追い付かないと疲労が溜まっていき、心身に症状が出てくると考えられます。

大切なのは、「行きたくないから具合が悪くなる」と短くまとめてしまわないことかもしれません。
むしろ、登校前のどの場面で何が起きているのかを丁寧に見ることで、子どもの状態が少しずつ読みやすくなります。

 朝の不調を“説得して突破する対象”ではなく、“今の負荷を知らせるサイン”として受け止めることが、初期対応では役立つことがあります。

 具体的な場面で考えてみます。
休みが続くようになると、担任が「朝の体調が落ち着いたら来られそうですか」「遅れてでも大丈夫ですよ」と連絡がある。

 学校側としては、つながりを切らないための配慮のつもりでも、家庭ではその言葉が「来られるかどうかを毎朝判断し続けなければならないのか」と重さに感じる。

 小学校中学年の子どもが、起床後しばらくは普段通りに見える。
朝食も少しは口にし、テレビの音にも反応する。ところが、時計が進み、ランドセルが視界に入るころになると、急に「お腹が痛い」と今日も言い始めた。

 保護者が「トイレ行ってみる?」「少し横になる?」と声をかけても表情は固く、食卓から動かない。

 結果として、子どもの体調をどう判断したらよいか、と同時に学校にはどう連絡すべきかと考えることが重なり家庭全体が登校時間に合わせて緊張が走る。

 最初のうちは、保護者も「ちょっと緊張しているだけかな」「学校へ行けば落ち着くかもしれない」などとあまり深く考えないようにしていました。けれども、同じことが何度か続くと、どう受け止めてよいか分からない。

もう1つ別の例をあげてみましょう。
中学生の子どもが前日までは特に大きな不調を訴えていないのに、朝になると頭痛や吐き気を訴えることがある。

 夜は笑って話していたのに、制服を見た瞬間に顔色が変わる。保護者が「熱はないね」「昨日は元気だったよね」と確認すると、子どもはうまく説明できず、ただ「しんどい」とだけ訴える。

このとき保護者は、「病気なら病院に連れて行くべきなのか」「でも毎回学校前だけというのはどう考えたらいいのか」と揺れる。

 学校では、最近の欠席や遅刻が気になり、「学校で何かあったのでは」と慎重に構える。
先生も事情を把握したい、何か支えになる方法があれば考えたいと思っている。

 けれども不登校初期の家庭では、理由がまだ言葉にならず、体の不調だけが前に出ていることがあります。そのため、学校に体調不良をどう伝えるかも難しくなります。

 ここで挙げた場面は一例であり、登校時間前の体調不良がすべて同じ背景から起きるわけではありません。

ご家族が困っている点とは

 保護者が困るのは、「体調」と「登校不安」を切り分けられないことです。
本当に具合が悪いのなら休ませたい。
けれども学校のことが関係しているなら、毎回休ませるのがよいのか分からない。病院へ行くべきか、様子を見るべきか、学校にはどこまで話すべきか、その判断が毎朝迫られます。

 また、朝の不調は時間との戦いになりやすいことも苦しさを強めます。仕事への出発時間が迫る中で、子どもの表情を見ながら、体温を測り、欠席連絡の文面を考え、仕事や家事の段取りも調整しなければならない。

 「本当はどうなの?」と聞きたくなるのは、子どもを疑いたいからではなく、保護者自身が判断の拠り所を失っているからでもあります。

 さらに、周囲には説明しにくい困り感もあります。発熱やけがのように見えやすいものではないため、「朝だけ具合が悪くなる」という状態は、家庭の中でも外でも理解されにくいと感じることがあります。
勇気をもって話したとしても、親の躾け、もっと厳しく、そのうち治るなど適当な返答をされてモヤモヤが募っていきます。

子どもの気持ちはどう思っているか

 あくまで1例ですが子どもは、学校へ行くことを考えた瞬間に緊張が走ることで体が反応してしまい、自分でもうまく説明できないことがあります。

 「嫌だからお腹が痛い」という単純な話ではなく、登校に向かう緊張、教室に入る不安、人間関係への身構え、失敗や注目への怖さなどが、体の反応として出ていることがあります。

 本人も「仮病と思われたくない」「でも本当にしんどい」と感じている場合も多いのです。

 また、子どもは「元気になったら行きたい」「普通に登校できる自分でいたい」と思っていることも少なくありません。
ただ、朝になると体が先に止まってしまい、その状態を説明する言葉も持てない。だからこそ、保護者に問い詰められるほど、ますます言えなくなることがあります。

 子どもは、行く・行かないの結論を急がれるよりも、「今どこがつらいのか」をそのまま見てもらいたいのかもしれません。

どうすればよいか具体的な対応方法例

 今回のテーマでは、順を追って確かめていくことです。
まず「本当の体調不良かどうかを見極める」ためにはどうせ朝だけだからと独自の判断をしないで一度は病院受診をしてみましょう。
ある調査では、受診によって深刻な病気が発見された例があります。

 もし受診しても原因が見つからない場合には、「どの場面で心身の負荷が上がるのかを観察する」ことへの切り替えをお勧めします

 初期の段階では、原因を一つに決めようとするより、朝の不調の出方を丁寧に見たほうが支えやすくなります。

 具体的には、夜から朝の流れや変化を細かく見ます。
起きた直後からつらいのか。
朝食の前後で変わるのか。
制服や持ち物を見たときに強まるのか。
家を出る直前なのか。
曜日によって違うのか。
この“負荷が上がる地点”が見えると、子どもの状態を理解しやすくなります。

 声かけも、「今日は行ける?行けない?」を何度も確認するより、
「今はお腹が痛いんだね」
「ランドセルを見ると苦しくなる感じがあるかな」
と、起きていることを言葉にして返すほうが、子どもは自分の状態をつかみやすくなります。
説明できないことを責めず、体に起きていることを一緒に見ていく姿勢です。

 また、先にも触れたように必要に応じて、医療機関に相談すること自体は悪いことではありません。身体症状が続くときに体の面を確認することは、子どもの安心にもつながります。

 ただし、そこで「異常なしだったから行けるはず」と単純に考えるのではなく、体に出るほど負荷がかかっている状態として扱う視点が大切です。

 学校への連絡は、理由を断定しなくてもかまいません。
「登校前になると腹痛や吐き気などの不調が強くなる状態があります。家庭でも様子を見ています」
と状態を伝えられます。
学校とは、朝に起きていることを一緒に把握していく形が望ましいでしょう。

まとめ

 登校時間が近づくと体調が崩れる子どもの姿は、保護者にとってとても不安になるものです。
けれども、その不調は、見えにくい負荷が体に表れているサインかもしれません。
だからこそ、初期対応では「本当かどうか」を見極めることに力を使いすぎず、どの場面で、どのように体が反応しているのかを見ていくことが大切です。

 朝にだけ不調が現れるからといって、仮病だと決めつけて責めない方がよいでしょう。
体に出ていることを手がかりに、子どもの負荷のかかり方を一緒に整理していくことが大切です。
その積み重ねが、次の支援や相談につながっていきます。

 不登校の子どもは、一人として同じであるはずがなく、〇〇型や〇〇タイプなどカテゴライズすることに意味はあまりありません。
対応方法には順番や段階がありますので、下から1段ずつあがっていきましょう。
大切なのは、今の状態を把握することです。
簡易的な把握の方法を有料版でご紹介しています。
お役に立てば幸いです。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

https://note.com/terrakoya/n/n766a17c09b8d

兄弟姉妹との距離が広がり始めたとき

 

 

 

 

 

不登校初期に「不登校の子」だけでなく、兄弟姉妹との関係が変化していくことはよくあります。
家庭では“気を遣う空気”が増え、兄弟姉妹が遠慮したり反発したりと、不登校の子どもを中心に関係も変わります。
学校は、そんな家庭状況についても気にかけることがあります。
誰かを悪者にせず、家族の負荷が集中しやすくなる点について今回は扱います。

 夕食の席。
以前は兄弟姉妹が学校の出来事を話していたのに、最近は言葉が減った。
隣には学校に行けない子が座る。
ときには、部屋で食べる日もある。
兄弟姉妹は、話し始めてから急に黙る。
「楽しそうに話したら悪いのかな」と感じているようにも見える。
ある日、下の子が「明日、参観日あるよ」と言いかけて止める。
保護者は「話していいよ」と言いながら、心のどこかで“刺激にならないか”と身構える。
兄弟姉妹は、保護者の表情の変化を敏感に見てしまうことがあります。
やがて「どうせ言っても…」と距離が広がり、些細なことでケンカが増えることもある。

 担任とのやり取りの中で、
「ごきょうだいも休まれたと聞きましたがどうですか」
と聞かれることがあります。
学校は本人の出欠だけでなく、生活の安定や見守り体制を把握する必要があり、家庭の状況も確認しようとします。
けれど保護者は、
「兄弟姉妹のことまで話すと、家庭が大変だと思われるのでは」
と躊躇することもあります。
あるいは逆に、
「兄弟姉妹も不安定で…」
と話し始めると、家庭環境に問題があるのではないか、などと勘繰られそうな気になってしまい、普段より余計に気を使って疲れてしまう。
学校の確認は責めではないとわかっていても、保護者の中では“全部を背負っている感覚”が強まりやすい。

 フリースクール地球子屋の親の会でも、よく語られることです。これはどの子にとっても学校という環境はストレスが多いところです。もし家で過ごすことが許されるのであれば、どの子も時には家で休養したい日が出てきても自然なことです。
一方で家庭の空気が変わる原因をつくったことで、不登校の子が自分を責める、兄弟姉妹は自分も休んだことを責める、そうやってお互いに距離が広がっていくことは悪循環に陥っています。
不登校の子どもと兄弟姉妹との間に保護者が板挟みになる構図は珍しくありません。

 兄弟姉妹が黙るのは、優しさの場合もあれば、遠慮の場合もあります。
反対に、反発として荒い言葉が出ることもあります。
どちらにせよ、「家が緊張している」ことに対する反応として起きやすいです。
誰かの性格の問題にする必要はありません。
家族全体に負荷がかかると、役割が偏りやすく、言えない気持ちが溜まりやすい。
それが距離として表に出ることがあります。

 ここで急いで家族会議のように“気持ちを全部言わせる”形にすると、かえって負荷が増えることがあります。
まずは、不登校の子どもに確認をしてみましょう。兄弟姉妹が学校の話題について話すのをどう感じるかについてです。
自分に関わることでないので、以外と気にしないという子も多いです。
学校の話題はNGというかもしれません。
その場合は、兄弟姉妹に「話していい領域」を確保する、という考え方が合う家庭もあります。
例えば、不登校の子の前では学校の話題を避け、別の時間に兄弟姉妹の話を聴く。
あるいは、話題を禁止しないが、聴くのが嫌になったら席を外してもらい一度切り替えるように子どもの頼んでみるなどです。
家庭の体力に合わせて、少しずつでよいと思います。

 学校への共有も、すべてを詳しく話す必要はありません。
「家庭としては兄弟姉妹も含めて負荷が高い時期です」
「連絡は頻度を抑えたいです」
と状態として伝えるだけ充分と考えてよいでしょう。
それだけでも、学校側が配慮しやすくなることがあります。
学校の方針や提案が合わずに溝ができてしまったと感じてしまうことがあるかもしれません。
優先すべきは、ご家族の関係や生活です。
毎日を家庭内でどうしていくことが一番よいか、安定するかということを優先することを考えましょう。

 兄弟姉妹との距離や家庭の空気が気になり始めたとき、家族全体の負荷のかかり方を整理する相談もあります。
今すぐ何かを決めるためではなく、「誰が何を抱えすぎているか」を一緒に確認する場として使うこともできます。

ご相談は、
不登校・ひきこもり相談支援センター
(フリースクール地球子屋)へお願いします

玄関まで来たのに靴が履けない日

 

 

 

 

 

 

 

「家を出るところまで来たのに、最後の一歩で止まってしまう」不登校初期の場面に遭遇したことがあるかもしれません。
家庭では“行けそうだったのに”という期待と落胆が同時に起きやすく、学校側は安全と出欠の管理という役割から確認が必要になります。
ここでは原因探しを急がず、いま何が負荷になっているかを整理する視点を提案します。

 玄関まで来た。
ランドセル(あるいは鞄)は手に持っている。
上着も着ている。けれど靴箱の前で、子どもの手が止まる。
靴に触れようとして指が引っ込み、視線だけが床に落ちる。
保護者は息を止めるように見守る。
「あと一歩で出られるかもしれない」
と思うと、言葉を足すのが怖い。
沈黙が長くなると、焦りが胸の内で膨らむ。
「靴、履けそう?」
「遅れちゃうよ」
と声をかけた瞬間、子どもの肩が上がり、顔色が変わる。
次に出てくるのが「無理」という小さな声だったり、言葉が出ないまま立ち尽くしたりする。
保護者は、励ますのか引き返すのか、決める材料がないまま時間だけが過ぎていく感覚になる。

 保護者が仕事に出る時間が迫って判断しなければならず焦る気持ちになる。
子どもは何も言わないが、玄関で固まっているので今日も休みだろうと判断する。
欠席(あるいは遅刻)の連絡を入れると、担任から折り返しが来ることがあります。
「今朝はどんな様子でしたか」
「途中まで来られたなら、別室や保健室からでもどうでしょう」
「登校が難しければ、提出物は受け取りだけでも」
——言い方は丁寧で、責められているわけではないのに、保護者は“説明できない自分”を意識して疲れてしまう。
学校は出欠の記録、子どもの安全確認、学習の見通しづくりを担うため、選択肢を出しながら状況を確かめようとします。
けれど家庭側は、玄関で止まった理由を言葉にできないことがあり、
「きっかけは?」と問われても答えが作れない。
電話を切った後、玄関での沈黙がもう一度頭に浮かび、胸がざわつく。

いかがでしょうか。あるご家庭で実際に起こった事例を紹介しました。そっくりではないかもしれません。ただ、「行けそうに見えたのに止まる」場面によって保護者が戸惑う状況はよくあります。

 玄関まで来られたのに靴が履けないとき、保護者は“惜しい”とか“ここまでしてなんで行けないの”感じやすいです。
一方、子ども側では「出る」よりも前に、すでに緊張が限界に近いことがあります。
玄関は、家庭の安全圏と学校の緊張圏の境目になりやすく、そこで体が固まるのは不自然ではありません。
ここで大切なのは、止まったことを「意志の弱さ」や「甘え」と決めつけないことです。
止まること自体が、いまの負荷を知らせるサインとして現れている場合があります。

 また、玄関で止まった直後に「じゃあ休もう」と即決すると、保護者の中に“判断の早さへの罪悪感”が残ることがあります。
反対に「せっかくここまで来たんだから」と押すと、子どもは“戻れない”感覚に追い込まれやすい。
どちらも保護者の気持ちとして自然です。
だからこそ、ここでは“正解を当てる”より、
「今日は何を大切か」
を小さく決める方が負担を減らすことがあります。
子どもの気持ち、体調、親子関係、保護者の気力体力。
守る対象を一つに絞るだけでも、玄関の空気が少し変わることがあります。

学校への連絡も、理由など伝える必要はありません。
「本人も行く気持ちはありますが、今日も休みます」
と事実だけを伝えればよいでしょう。
仮に別室や保健室の提案が出たときも、
「今は家庭で休ませます。必要に応じてこちらから連絡します」
と区切ることができます。
学校を否定するのではなく、家庭の状態に合わせてやり取りの熱量を調整する、という考え方です。

玄関で止まった日は、保護者の心も揺れます。
「行けたかもしれない」と
「無理をさせなくてよかった」
が同時に残りやすいからです。
揺れている自分を責めるより、揺れるほど負荷が高い時期だと捉えてよいのだと思います。

 玄関で止まる場面が続き、毎朝の判断がつらくなってきたとき、迷いを整理する相談もあります。
今すぐ通い方や方針を決める場ではなく、
「いま何を保留にできるか」
「学校への返答をどこで区切るか」
を一緒に確認する場として使うこともできます。

ご相談は、
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「見守る」と「何もしない」の違いって何だろうと迷ったとき

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「見守る」と「何もしない」の違いって何だろうと迷ったとき

今回のテーマは、不登校のご家族にとって避けては通れない疑問ではないでしょうか。こう考えることは自然な流れではあるのですが、不登校の子どもの対応の本質的なところにもなります。
ぜひ多くの人に届くことを願いつつ、筆をとりました。

医療機関で受診した時に、
「お母さんは、しっかり見守っていてください」
と言われた。
スクールソーシャルワーカーの方が自宅に訪問された時にも、
「不登校で大切なことは見守ることなんですよ」
と言われる。
心が苦しくなった時、電話相談をしてみた時に
「寄り添って見守っていきましょう」
と締めくくって終わった。
家にいてずっと一緒におり、嫌でも目に入る。
どうも夜更かししているようで、ダラーっとお昼前くらいに起きてきて
着替えもせずお腹が空いた時だけご飯を少し食べて、また部屋に戻ってゲームか動画かSNSを始めている。
いつも見守っているつもりなのに、相談先で言われることは「見守って」ということだけ。
親として、何もしなくていいのか?見守るって、何もしないことと同じじゃないのか、と不安が募っていく、というお話です。

「しばらく見守りましょう」と言われても、家では毎日が出来事の連続で、何もしないことが一番難しい。
朝の支度の時間、子どもが動けず、声をかければ固まり、黙れば不安が増える。
保護者は「見守るって、結局どうすること?」と自分に問い続ける。見守るつもりが、いつの間にか様子を監視しているような感覚になり、疲れてしまう。
スマホで検索し、言葉を変え、声をかけ、反応がないとまた検索する。
その繰り返しで、家の中に“待機”の空気が増えることもある。

学校からは、最初は担任の先生が連絡をしてくれていた。
そのうち担任の他に学年主任の先生や教頭先生からも連絡が時々入る。
病院を受診しようといっても、子どもは行こうとはしない。
予約しているので、保護者だけがいく。
次は受診してくれるかもしれないと考えるとどうしても、予約は入れてしまう。もし予約を入れなければ、2か月待たなければならない。
そうしているうちに、スクールソーシャルワーカーの方が訪問してくれた。「スクールカウンセラーを利用してみるのも1つの方法です」
と言われ、予約を入れてもらうことにする。
担任からは、
「別室ならどうですか」
「辛い時には保健室も利用できますから」と連絡が来る。
たくさんの人が関わるようになり、申し訳ない気持ちと対応に疲れていくのと子どもに向き合えているのかという不安がだんだんと蓄積されていく。
そんな時、「見守りましょう」という言葉がひっかかる。
関わる方は、皆さん、見守りましょうと言いつつ、行動できることを目標にされている。
その証拠に、時々学校にプリントを取りにいくことがあるとホッとした表情を皆さんされるからだ。
見守りって結局のところ、何もしていない。
それで良いとは、自分自身がとても思えない。
つい、険しい顔を子どもに向けてしまう。
そうすると家庭内の緊張が上がりやすい。

いかがでしょうか。あくまで例ですからこの通りというわけではないと思います。
ただ講演会などでお話すると、必ずこういった質問をいただくので多くのご家族が迷いや不安を抱えていらっしゃると思います。

まず見守るは、何もしないという解釈では子どもへの対応を間違ってしまうと思います。
何もしないというと、無関心になって子どもが居てもいなくても知らない、放置しているような状態をイメージしてしまいがちです。
そうではなく、
「いま負荷を増やさない」
ために手を増やさない選択なのです。
言葉で言えば関係を切らない合図は残しつつ、原因探しや結論を急がない、ということになりますが難しいと感じる方もいると思います。

家庭の中で安心が保たれると、子どもが自分で選ぶ余地が戻りやすいことがあります。
逆に1から10までアレしなさい、コレしなさいと言われて、ただ従うだけの生活では、自分ってやらされているだけの人間なのかと思うことでしょう。
残念ながら今の学校は、やる課題が多すぎて、先生の指示がとても多い環境です。
真面目な子どもほど、その支持に一生懸命になって疲れていくのです。
保護者ができる「見守り」は、特別な技術を身につけることではないのかもしれません。
より、日々の刺激や圧を小さくする調整である、と考えて方が上手くいく場合が多いです。

学校には、提案を断るのではなく、今は判断の材料が揃っていないこと、家庭の負荷が高いことを共有するイメージです。
相談は、何かを決める場ではなく、今の段階で増やさなくてよい対応を確認し、家庭と学校の負荷を下げる工夫を一緒にも探せます。
見守りが難しいのは、保護者の頭の中で
「放っておいたら悪化するかもしれない」
という恐れが止まらないからです。
恐れが強いほど、子どもの表情や行動を細かく確認したくなり、確認した分だけ安心が続かず、さらに確認が増えるかもしれません。
これは保護者の性格ではなく、初期の状況がそうさせていると言えます。

ここでの“見守り”は、無関心ではなく、観察と同席に近いものです。
観察は、変化を探すためではなく、負荷の波を知るために行う。
たとえば
「朝の声かけで表情が固くなる」
「学校の話題をすると部屋に行く」
といった、体の反応をメモする程度でも十分です。
監視のように感じ始めたら、
観察の対象を子どもだけでなく
「自分の不安の動き」にも向けると、少し距離が取れることがあります。

また、見守りと矛盾しない“関わり”もあります。
会話を増やすのではなく、生活の予測可能性を少しだけ整えます。
食事を置く場所を決める、
連絡のタイミングを一定にする、
声かけを短くする。
これらは、子どもに何かを求めるのではなく、
環境の温度を下げる工夫です。
心理学でボウルビィが述べた「安全基地」という言葉のように、安心できる場所があると、人は外へ向かう力を取り戻しやすいと考えられています。

他のテーマで何度も触れていますが、学校からの提案に対しても、すぐに結論を出さなくてかまいません。
「家庭ではいま緊張が高く、まず負荷を下げています。次の連絡は落ち着いたらこちらからします」
と提案してみましょう。
期限があるものは、学校側から提案があるはずです。
期限があるものも全て対応しなければならないわけでもありません。
「期限内に子どもが対応できたら、提出します」と条件を伝えておけば、家庭の時間が守られやすくなります。
学校が悪いのではなく、制度の時間と家庭の時間が違うだけです。

見守りの中で一番つらいのは、「何もしていない」と自分を責めてしまうことです。
けれど、緊張を増やさない判断は、それ自体が行動です。
子どもに変化が見えない日でも、家庭の空気が荒れなかったなら、それは守れた成果として数えてよいと思います。
見守りの正解を一つに決めようとすると、保護者は疲れ切ってしまいます。いまは「増やさない」「急がない」という方針だけで十分な日があります。

相談は、子どもを動かす方法を探す場ではなく、保護者の不安がどこで跳ね上がるか、学校との連絡をどう区切るか、家庭で守りたいものをどう絞るかを整理する場に使ってもよいと思います。
見守りが監視に変わりそうなときほど、外の視点で一緒に確認できます。「何もしない」ではなく「余計な圧を足さない」と言い換えると、見守りが少し具体になります。
圧を足さないために、
今日は質問を一つ減らす、
連絡を一本にする、
返事を待つ時間を短くする。
小さな調整で十分です。
迷いが続くのは、子どもを大切に思っているからです。
一人で抱えなくて大丈夫です。
明日も同じようにできなくても自然です。
できた日を基準にせず、苦しかった日の負荷を減らす方が、長い目では助けになります。

ご相談は、
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制服は出してあるのに着替えない子どもを前に

夕方になるととても元気そうに動画を見て笑っています。
仕事から帰り、呑気に笑っている我が子を見て、本当は甘えているだけではないかという考えが頭にもたげ、そしてそうじゃないんだとむりやり打ち消すことを毎日繰り返して、不安だけが募っていきます。
夜になると、ふと思い出したようにつぶやきます。
「明日は、学校にいけるかも」
「そう、元気そうだからいけるよ」
ああ、やっぱり甘えではないかった、ちゃんと考えてるんだと安堵の表情をみせる。
ところが、朝になると目は覚めているようだがベッドから起きようとしない。ゆっくりと起きてくるが、制服を見ても着替えようともしない、そんなときにどう対応するか、というお話です。

朝、机の上に制服と体操服を並べ、前夜のうちに時間割も入れ替えた。
保護者は「これで少し楽になるかな」と思いながら、台所で味噌汁を温める。
けれど子どもはパジャマのまま、ベッドの端に座り、視線だけが床に落ちている。「遅れるよ」と声をかけると、返事はあるのに手が動かない。ボタンに触れようとして止まり、袖を通そうとして止まり、息だけが浅くなる。ふざけているようにも、反抗しているようにも見えず、ただ固まっている。
その沈黙の中で、保護者の心だけが先に走る。あと十分で家を出るのに、欠席連絡の文面が頭をよぎり、声が硬くなるのが自分でも分かる。
「着替える?」「今日は休む?」と問いが増えるほど、子どもの肩が上がることもある。

連絡用アプリを開き、「本日欠席します」と打ったところで指が止まる。
理由が整理できないまま送信することに、どこか後ろめたさが出るからだ。しばらくして担任から電話が入り、
「今日は体調面でしょうか」
「無理のない範囲で、別室や保健室からでも」
「提出物はどうしましょうか」と穏やかに確認される。
学校は、必要に応じて配慮を組み立てる役割がある。
だからどのような支援が必要か、その可能性を尋ねる。
ただ家庭では、着替えられない状態そのものが重く、理由を言葉にする余裕がない。
「本人は今朝、動けない様子です」としか言えず、説明できない自分を責めたくなる。
電話を切った後、子どもに何を言えばいいのか分からず、台所の時計の針だけが進んでいく。

このような状況は親の会でもよく聴きます。
形は違っても、家庭の朝の場面と学校の確認が同時に重なると、保護者が板挟みになり苦しくなることはよくあります。

着替えないことを、意思や怠慢だけで捉えると苦しさが増えます。
不登校の初期には、朝という時間帯そのものが緊張を呼び、体が動きにくくなることがあります。
頭の中が混乱しているとき、衣服を替えるという小さな手順さえ負荷になる場合があります。
子ども自身も「なぜできないのか」が分からないまま、できない現実だけを見せられていることがある。
保護者が理由を求めるほど、本人は答えられない自分を意識して、さらに固まりやすくなることもあります。

よくある行き違いは、「着替えさえできれば流れに乗れる」と保護者が期待し、子どもは「着替えたら学校へ行って自分がどのような気持ちになるか、ありありとイメージが見えて苦しくなる」と感じてしまうことです。
どちらも自然な反応ですが、同じ行為が別の意味に見えていると衝突が起きやすくなります。
声が大きくなりそうなときは、いったん言葉を減らし、「服はここに置いておくね」と選択肢だけ残して離れる方が、空気が保たれる日もあります。

もし朝の支度が毎日つらいなら、状況を言葉にして整理する相談も選択肢です。
通うかどうかを決める場ではなく、今の負荷を減らすために何を保留にできるか、どこで連絡を区切るかを一緒にも確認できます。
朝が続くと、保護者の中で「今日は行けるかもしれない」という希望と、「まただめだったら」という恐れが交互に出ます。
その揺れの中で、着替えという一つの行動に意味を背負わせてしまいがちです。けれど、着替えられたとしても、その先の負荷が大きい日はありますし、着替えられなかったとしても、家庭の安全が保てた日はあります。
うまくいったかどうかを「登校できたか」で測るより、「親子の緊張が少し下がったか」「保護者の体力が削れすぎていないか」といった別の物差しを持つと、朝の重さが少し変わることがあります。

また、子どもがたまたま袖に手を通した瞬間に「じゃあ行けるね」と話を進めると、子どもが急に固まることがあります。
動けた瞬間ほど、本人は不安定な場合もあるからです。小さな動きが出たときは、それを“確定”にしないで、いったん置いておく方が合う家庭もあります。
不登校の初期は、家庭も学校も手探りで、保護者が「説明できないこと」を抱えたまま動く場面が増えます。
説明が整ってから動くのではなく、整っていないままでも負荷を減らす工夫をしてよい時期です。
もし行き詰まりを感じたら、いま何を減らすかを一緒に整理する相談もあります。相談は「通うかどうか」を決める場ではなく、連絡の量、言葉の範囲、家庭で守りたいものを確認する場です。
保護者が少し息をつけると、子どもが動き出す余白が生まれることもあります。焦りが強い朝ほど、今日を越えることだけを目標にしてもかまいません。うまくいかない日があっても、それは経過です。一人で抱えなくて大丈夫です。

ご相談は、
不登校・ひきこもり相談支援センター
(フリースクール地球子屋)へお願いします

返事はあるのに子どもと会話が続かなくなったとき

返事は返ってくるのに、会話が続かない。
「うん」
「別に」
「あとで」。
言葉が短くなるほど、保護者の頭の中は騒がしくなります。
心配しているから聞きたいのに、聞けば聞くほど遠ざかる気がする。
沈黙が続くと、家の中の空気まで重くなるように感じることがある、今回のテーマはこんなお話です。

https://note.com/terrakoya/n/n79fe88da5f19

 

「不登校の回復は直線ではない:良くなったのに戻る“揺り戻し”の読み方」

「調子が良くなってきた」と
感じていた数日後に、また動けなくなる。
いわゆる“揺り戻し”は、
不登校の回復過程で珍しいことではありません。
ただ、少し光が見えた分だけ、
戻ったように見える日が
「ふりだし」や
「失敗」に感じられてしまい、
家庭の空気が急に重くなる、というお話です。

たとえば、数日間は表情が明るくなり、
短い外出もできた。
保護者としては
「このまま戻るかもしれない」と
期待が自然に膨らみます。
ところが翌週、
朝の不調が再燃し、
本人は黙り込み「無理」とだけ言う。
焦りから声かけが増え、
子どもはさらに硬くなる。
良くなった実感があったからこそ、
揺り戻しが“後退”に見えてしまう——
この構図に、多くのご家庭が戸惑います。

揺り戻しを少し扱いやすくするためには、
まず「回復は直線ではない」
という前提に立ってみるのが助けになります。
上がったり下がったりしながら、
少しずつ“波が小さくなる”方向へ進むことがある。
そう捉えると、
揺り戻しを「何かが悪かった証拠」としてではなく、
「波の中の一日」として見やすくなります。

まずは何かをすることより、
何をしない方がよいか、について
触れておきたいと思います。
意識しておくとご家族が楽になる
“やらない”線引きが二つあります。
第一に、揺り戻しを
「ふりだし」
「甘え」
「わざと(操作)」
などと決めないことです。
決めつけは信頼を壊しやすく、
本人も「説明しても分かってもらえない」
と黙りがちになります。
揺り戻しは回復過程の“波”として扱ったほうが、
次の一手が作りやすいことが多いです。
第二に、良かった日を根拠に急に負荷を上げないこと。
「昨日できたから今日も」は、
反動を招きやすい組み立てです。
回復期は“できる量”より
“戻れる余白”を確保するほうが、
結果的に波が小さくなりやすい場合があります。

観察のポイントは三つに絞ることをお勧めしています。
たくさんあれば観察も煩雑になりますし、
ご自身が観察できなかったことを責めるという
ことも回避できます。

一つ目は、
エネルギー収支(行動後の反動)です。
回復期には「できた」日があったとしても、
知らず知らず体と心が
無理をしていることがあります。
(本人も無自覚なことが多いです。
人間は、かつてできていたことは、
今でも「できる」と思ってしがいがちです)
外出、人と会う、予定が続く、会話が増える——
楽しいと思える時間でも
有意義な出来事でも
刺激の総量が増えると、
翌日に落ち込みやすい場合があります。
もし「何かをした翌朝」に
揺り戻しが起きやすいなら、
それは“少し溜まりかけたエネルギーを全力で使ってしまった”
というイメージで説明できるかもしれません。
それを普通の子どもと比較して責める材料ではなく、
次の調整のヒントにしてほしいと思います。

二つ目は、
落ち込むスィッチ(トリガー)の特定です。
それは“予感に近い”ものかもしれません。
揺り戻しは、
はっきりした出来事がなくても起きます。
「月曜が近づく」
「そろそろ学校から連絡が来そう」
「クラスの話題が出た」など、
“そのような予感”だけで
体が緊張反応することがあるのです。
揺り戻しの直前に
ご家族が増やしたものを点検してみてください。
会話量、予定、情報、期待、確認の声かけ——
ほんの少しの増加が、本人には負荷になることがあります。

三つ目は、
回復サインの質(中身を見る)です。
明るさや会話量だけで
「回復」と判断すると、
揺り戻しが大きく感じられます。
睡眠の安定、食事・水分、入浴、
表情の柔らかさ、刺激への耐性など、
生活の基礎が戻っているかを見た方が
実態に近いかもしれません。
表面の元気が先行している時期は、
揺り戻しが起こりやすいことがあります。
逆に言えば、
「生活の土台が整っているか」
を見ていくと、回復の方向性が見えやすくなります。

では、家庭でできることは何か。
結論は、
原因当てより
「波を小さくする設計」です。
刺激の総量を見直し、
予定と情報を少し減らし、
生活の基礎(睡眠・食事・体温感・安心感)を整える。
さらに、
良かった日があっても「同じ量を続ける」より
「少し控えめに戻す」を選ぶ。
これを数週間単位で試すと、
揺り戻しの間隔や深さが変わることがあります。

揺り戻しの朝に、
言葉が見つからないこともあると思います。
そのときは、
励ましや説得よりも、
「今日はゆっくりする日かもしれないね」
「今はここまでできたことを喜ぼう!」
といった、短くて圧の少ない声かけが合うことがあります。
大きく前進させようとしなくても、
波を少し小さくする工夫は、
十分に“回復を支える行動”です。

ご相談は、
不登校・ひきこもり相談支援センター
(フリースクール地球子屋)へお願いします

https://note.com/terrakoya/n/n67f78eca9a8a

 

「学校とのやり取りが“複数窓口”になって消耗する:連絡系統を一本化する方法」

 

 

 

 

 

欠席が続き始めた頃、
学校からの連絡が一気に増えることがあります。
担任から電話、
養護教諭から体調確認、
学年主任から面談提案、
スクールカウンセラー(SC)から「一度お話を」、
部活顧問からも連絡——。
どれも子どもを心配しての善意で、
学校が「できることを探している」動きでもあります。
ただ、その善意が重なると、
家庭側はそのたびに状況説明を繰り返すことになり、
保護者は疲弊しやすいというお話です。

子どもも、
連絡が入るたびに表情が固まり、
「学校の話をしないで」
と家の空気が張る。
結果として
家庭の主にお母様が
“いつでも対応しなければならない状態”になり、
親子関係の回復や生活の立て直しが
あるいは、ご自身の仕事が
後回しになってしまう。

ここで提案したいのは、
学校の連絡をメンドウなもの
とする発想ではなく、
「連絡の形を少し整えて、ご家族のためになるもの」
に変えるという一つの方法です。
もちろん、
状況によっては一本化が
難しいこともありますし、
今すぐできなくても
問題ではありません。
できそうな範囲だけ取り入れて、
家庭が持つ形に調整してよいものです。

「誰から」
「何のために」
「何を決めたい連絡か」。
体調確認、情報共有、支援提案、
事務手続き(提出物・出欠扱い・面談日程)
などが同時に来ると、
家庭の負荷は跳ね上がります。

まず、整理の出発点として
「連絡の発生源と目的」を分けてみます。
目的が大切で、子どもやご家族にとってそれは
本当に役立つか、
誰と信頼関係を築きたいか、
次につながるか、
など、相手都合から自分のための連絡に切り替える
こと、ここがコツになります。

自分のために、という目的が見えるだけでも、
「今すぐ答えなくていい連絡」と
「期限がある連絡」を分けられ、
気持ちが少し落ち着きます。

次に大切なのが、子どもの反応の観察です。
連絡の後に眠りが浅くなる、
食欲が落ちる、
怒りが増える、
部屋にこもる——
そうした変化があるなら、
“連絡量そのもの”が
負荷になっている可能性があります。
(これは学校サイドでは絶対に気づけない点です)

これは「子どもが弱い」からでも
「親が対応できない」からでもなく、
刺激が重なりすぎているだけのことが多い。
反応が見えると、
調整の必要性を学校側にも
説明しやすくなります。

そしてもう一つ、
保護者自身の限界点も指標になります。
電話が鳴るだけで動悸がする、
仕事が止まる、
家事が回らない、
きょうだい対応が崩れる——
そうした状態は、
家庭が支援の土台として
機能しにくくなるサインです。
ここを「親の努力不足」と
捉える必要は全くありません。
むしろ、限界点が見えていること自体が
重要な情報で、連絡の形を整える根拠になります。

それでは一本化を考えるときのコツです。
まずは“やらない”線引きを考えることです。
それは二つあります。
第一に、全ての窓口に即時対応し続けないこと。
真面目な方、きちんとしたい方には、即時対応が常識
という考えの方も少なくありません。
しかし、たとえ善意の連絡でも、
重なれば家庭の回復を削ることがあります。
「今は窓口を一本にして、まとめて共有したい」
という方針は、子どもを、そしてご自身を守る
ための“調整”です。
調整など失礼ではないかと思案する方もいるかも
しれませんが、大切なのは、子どもであり、ご家族であり
ご自身なのです。遠慮することはありません。

第二に、説明のために
家庭の詳細を出し過ぎないこと。
解ってもらいたい、
経緯を細かく話したい
という気持ちがあることは分かります。

家庭の深い事情があることも事実でしょう。
ただ相手によって、1を1で理解する人も
いますし、1聞いたら5から10くらい理解
するような相性のよい方もいることでしょう。
ご家族にとって役立つ、信頼できる人に、
しっかりと話をすればよいです。
もし言えるなら、その方に他の連絡先にも
情報を共有してください、と言うのも1つの手です。

そして、誰にでも、同じように話さなくてよい、
ということをここでは強調したいと思います。
とりあえずは「現状」を伝えればよいのです。
もし不足した場合は、連絡先が質問をするでしょう。

次に「連絡の取り方」です。
毎日が負担なら3日に1回、週に1回と明確に
提案してよいです。
極端な話、
「必要な時にだけ、こちらから連絡を入れます」
でもよいでしょう。

では、具体的にどんな形が
“負担が少ない一本化”になりやすいか。
要点はシンプルです。
相談や支援を専門にしている人が信頼できそう
ならその方がよいです。
学校ならSSWということになります。
SSWを避けたい場合は、業務量が少ない人を
「窓口」「頻度」「共有内容」を固定します。
担任や学年主任は、業務量が多すぎて熱心に
傾ける情熱をすり減らしている可能性が
あります。
子どもやご家族の困り感に熱心に向き合って
くれそうな人を選んだほうがよいでしょう。

たとえば、
窓口はSSWに一本化し、
連絡は電話ではなく
メールや連絡アプリ中心にして、
頻度は週1回程度にする。
共有内容は、
①今週の体調と生活の様子(短文で)
②家庭からの依頼(必要なら1つ)に絞る。
これだけで「いつ鳴るか分からない不安」から
距離を取りやすくなります。

学校への伝え方・言い回しフレーズは
以下のような形が役に立つかもしれません。
たとえば
「ご心配いただきありがとうございます。
今は連絡が重なると子どもも家庭も
負担が大きいです。
窓口を◯◯さんに一本化させてください。
週1回こちらから状況を共有する形に
できると助かります」
「急ぎの案件は
件名に“至急”と入れていただけると
見落としが減ります」といった表現です。
ご家庭の都合を1番に伝えること、
このように建設的な提案をすることは
決してクレームなのではなく、
むしろ学校側の負担を減らすことにもつながります。
「家庭の現状」と「ミスを減らす工夫」として提示すると、
協力が得られやすいことが多いです。

最後に。
一本化は、必ずしなければならない“正解”
ではありません。
連絡を減らすことが難しいことも
あるでしょう。
学校側の事情で複数窓口が必要な場合もあります。
それでも、
「窓口・頻度・共有内容を少し固定する」という発想は、
家庭の消耗を軽くし、
子どもが落ち着く余白を作りやすい方法の一つです。
もし家庭だけでは整えにくいと感じたら、
外部の相談先に「連絡調整そのもの」を
相談テーマとして持ち込んで構いません。
原因追及ではなく“生活を守る連携”として整えることが、
結果として
子どもの回復を支える土台になっていきます。

ご相談は、
不登校・ひきこもり相談支援センター
(フリースクール地球子屋)へお願いします

欠席連絡の文面を打ちながら、手が止まった朝に

 

 

 

 

 

 

 

欠席連絡の文面を打ちながら、
手が止まる朝があります。
子どもは布団の中で目を閉じ、
声をかけると小さく「無理」と返す。
怒っているわけでも
泣いているわけでもないのに、
体が動かない。
保護者はスマホを開き、
「本日欠席します」までは打てても、
その先で指が止まります。
理由を言語化できない焦りと、
連絡を入れるたびに積み上がる罪悪感が、
同時に押し寄せるからです。
今回は、そんな学校との連絡についての
お話になります。

朝の数十分は、判断が集中する。
起こし方を変える、
声のトーンを変える、
朝食を用意する。
どれも子どもを思っての行動なのに、
返ってくるのは短い返事だけ。
こちらの焦りが伝わるほど、
空気が固くなる気がする。
常識的に、学校を休むには何か理由を
言わないといけないのではないか、と考える。

「原因を聞き出してから連絡したい」
と思っても、
本人が「分からない」
としか言えないこともあります。
初期は、本人の中でも何がつらいのかが
まだ整理できていないことがあるからです。

午後、担任から折り返しの電話や
メッセージが届くことがあります。
「体調はどうですか」
「何かきっかけはありましたか」
「別室や保健室の利用も含めて考えますか」
学校には出欠を管理し、
学習と安全面の配慮を検討する役割があります。
だから状況を把握しようとします。
ただ、家庭がまだ整理の途中だと、
質問に答えようとするほど言葉が詰まり、
「うまく説明できない自分」
に疲れてしまうことがあります。

これは一例です。
形は違っても、
家庭の朝の判断と学校への連絡が重なり、
保護者が立ち止まる構図は珍しくありません。

ここで少し視点を変えると、
欠席連絡は、学校のためではなく、
「今日の状態を守るための暫定の対応」
と捉えられます。
今日休むことの理由が上手く説明できないとしても、
それが親の責任なのではないか、などと
ご自身を責める必要はありません。

理由が整理できていなくても、
連絡は成立してよいのです。
丁寧に説明しようとするほど負担が増えるなら、
連絡文を短くしてもかまいません。
「今朝は起き上がれず休みます。
理由は本人も整理中です」
程度でも、事実の範囲で伝えられます。
このような連絡だからといって
学校が困るということはありません。
むしろ、学校とのやり取り
について負担を下げることを優先した
方がよいかもしれません。

欠席連絡で手が止まるのは、
怠けではなく、
保護者が真剣に状況を見ているサインでもあります。
だからこそ、
朝のたびに自分を責め続けないでほしいと思います。
今は結論より、負荷の分布を見直す時期かもしれません。

そして、専門機関へ相談をするとなったときは、
何かを決めなければならないと構える必要はありません。
今どこが一番心が重いのか、
連絡の負担をどう減らすか、
家庭と学校の間で何を言葉にし、
何を保留にするか。
そうした整理を一緒に行う場として使うこともできます。

不登校が始まった頃は、
欠席という言葉自体が重たく感じられます。
「連絡を入れたら、もう戻れなくなるのでは」
と想像してしまうこともあります。
けれど、欠席は、単に学校へ今日行かないという
状態の表現であって、
人格の評価ではありません。
学校側も、欠席の連絡があることで
今後の配慮や対応の選択肢を検討できます。
連絡をすることでご家庭が何か
負い目を感じる必要はありません。

学校との連絡について
保護者が苦しくなるパターンもあります。
連絡文を丁寧にしようとして、
経緯や家庭の悩みを長く書き、
送信した直後に
「言い過ぎたかもしれない」と不安が増える。
あるいは、担任からの返信にすぐ答えようとして、
朝から夜まで頭の中が学校のことでいっぱいになる。
こうなると、家庭の中で必要な休息が取れず、
親子ともに緊張が下がりにくくなります。

もし連絡が負担になっているなら、
「毎回の説明を完璧にしようとしない」
という選択もあります。
説明は、整った形で一度にたくさん出すより、
必要な範囲で小さく出していく方が
現状を伝えるという意味ではわかりやすい場合
があります。
保護者が自分の言葉で語ることは、
子どもの現状をリアルに伝えることにもつながります。
朝の判断が続くときほど、
連絡のやり取りを増やしすぎない工夫が
役に立つことがあります。

また、子どもに理由を聞く場面でも、
保護者は迷います。
「本当は何があったの?」
と聞きたくなるのは自然です。
ただ、初期は問いが増えるほど
体が固まる子もいます。
答えが出ない問いを重ねるより、
「今は言葉にならないかもしれないね」
と置いておくことで、
家庭の安全が保たれることもあります。

欠席連絡で手が止まった朝、
まず確認したいのは
「今日は何を守る日か」です。
睡眠、体調、親子関係、そして保護者の体力。
守る対象を一つに絞るだけでも、
判断が少し軽くなることがあります。

最後にもう一度。
くどくなりますが、これはあくまで一例です。
家庭の状況も、学校との距離も、
家族の体力もそれぞれ違います。
だからこそ、連絡の仕方に唯一の正解はありません。
今の負荷に合わせて、少しずつ調整していけばよいのです。
少しずつで構いません。
今日を越えることから始まります。

欠席連絡を打つ手が止まるほど苦しいとき、
迷いそのものを整理する相談もあります。
今すぐ結論を出す場ではなく、
「何を減らせるか」
「何を保留にできるか」
を一緒に確認する場として使うこともできます。

ご相談は、
不登校・ひきこもり相談支援センター
(フリースクール地球子屋)へお願いします